がん総合相談センターを開設した専門医


月刊『医歯薬進学』(2003年5月10日発行)

医学は万能ではない。死に至る病として恐れられている「がん」も、臓器やその病巣の位置によっては早期発見が見落とされることがある。
病気の軽重はあるとしても、がん告知後の患者の悩みは大きい。
確かな死生観を平生から持っている人でも、死を強く意識したとき、心は痛み、孤独と淋しさに耐え兼ねて、家族や医師にすがりつく。病者は絶対的な弱者となり、感じやすく、脆く、頼りになるもの、確かさを求める。これは人間の本来の姿であろう。
死は確かに一人で担わなければならない実存的な課題だが、これは大変な苦悩である。
がん という病気の事実を告げることによって、医師、患者、家族をはじめ医療関係者が、偽りのない真摯な関係をお互いに努力して創っていく医療文化が、日本にはあるのだろうか、と疑問になる。

温かい医療の創造を

松江寛人医師は、国立ガンセンターを定年となり、銀座のビルの一隅で、温かい「がん医療の創造」を目指して、「がん総合相談センター」を開いている。
がんの臨床、研究の向上に大きく貢献してきた松江医師が、なぜ私財を投げ込んで、「がん総合相談センター」を開設したのか、遠慮なく、真正面からきいた。
「確かに国立ガンセンターで、一定の役割を果たし得たのではないかという自負はあるが、診療の現場から目を外へ転じたとき、がん医療の不信と絶望から行き場を失ってしまった方々がたくさん存在している事実に直面して、大きな衝撃をうけた—」という。
今日のがん医療が、がんという病巣のみを追うあまり、人間を見失ったままの治療が長い間、続けられてきたからで、私たち医療人にもその責任の大半があり、自責の念に駆られる思いだと、言葉をつけ加えた。
がんで悩み、苦しみ、救いを求めている人々のために、少しでもお役に立ちたい—これが「がん総合相談センター」の主題であるという。
日常臨床で、科学的根拠に基づく医療(E.B.M=Evidence Based Medecine)が実施されていることは大変結構なことだが、いざ患者へ説明するときに、計量化したデータや、確率化した治療指針だけでは、どこまで患者が納得するか、大事な精神面の支えがあってこその確率化であり、計量化であると私は思う。
松江寛人医師は、時間をたっぷりとって、患者や家族と話し合う。持参した医学的データを参考にし、きちんとした方向性を打ちだしている。

病むことは人生を知ること

私は何時も感じることだが、医学技術が進んでも、医師やナースは忙しすぎる。
医師も患者も、人としてお互いに人間的触れ合いの中で病を認識し、ゆっくりと死を悟っていったり、生きる意味を再認識して、限られた生命力のなかに人生があり、生命の尊さをお互いに学んで、一日一日を充実して生きていく— そんな医療文化が必要なのではないか。
松江寛人医師は専門医としてではなく、医療を超えて、人生そのものの本質を問う相談者となっている。毎日の頑張りに、心から頭が下がる。

(文=医事評論家 菊池一久)

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