患者さんの悩みに耳を傾けることで
治療の方向が見えてくる


月刊『もっといい日』(2002年8月号)

2001年8月にがん総合相談センターを開設してから1年が経ち、これまで300人以上の がん の患者さんとそのご家族の相談を受けました。がん の種類では、近年増加の傾向にある乳がんが最も多く、次に大腸がん、直腸がん、肺がんと続きます。ほかにも胃ガン、肝臓がんなどさまざまです。
当センターを訪れる患者さんやそのご家族と接していくなかで、がん にまつわる悩みを数多く聞きました。悩みを聞くにつれ、国立がんセンター中央病院に勤務していたころ、患者さんはわれわれが提供する医療に満足していると思い込んでいたのは、実は医者サイドの思い上がりであったことに気が付きました。
39年間、無我夢中でがん医療に携わってきて、患者さんの悩みを受容する余裕がなかったのかもしれませんが、これは単なる言い訳に過ぎません。国立がんセンターを退職する5年ほど前、友人から「医者はがん患者の悩みを理解していない。どれだけ患者が苦しみ、難民のようにさまよい歩いているのか知らなすぎる」と指摘されました。それ以来、患者さんの声にできるだけ耳を傾け、不満や悩みを聞くように努めました。そして、がん の患者さんたちの相談を親身になって受ける場所が必要だと痛感し、当センターの開設に至りました。しかし、これほどまでにがんの患者さんが悩み苦しんでいるとは……開設まで思いもよらないことでした。
がん の診断や治療の過程で、さまざまな悩みが発生しますが、その内容が異なっても、基本的には共通しています。当センターでは、どのようながんの悩みでも、長年のがん診療の経験から相談に応じます。

自分の病状をきちんと理解できないことから生じる悩み

まず、最も多い相談は、自分自身のがんの病状について十分な理解がされていないことから来る悩みです。まさか自分はがんに罹らないと思っていたのに、ある日突然がんと言われた。予想もしていなかっただけに、どう対処したらよいかわからず、ただ焦燥感に駆られてしまうのです。そのような精神状態のときに、医者から病状や治療の説明を受けても、もともと医学的知識をあまり持ち合わせていないのですから十分あり会が得られるとは思いません。
当センターには検査資料や診療情報を病院からもらわずにいらっしゃる方が多いのですが、検査結果や病状についてのメモは持っているので、医者から説明を受けているのは確かなようです。しかしながら、そのメモを参考に説明を始めると、ほとんどの方が初めて聞くかのように真剣に耳を傾け、積極的に質問をし、納得してくれます。医者がいかに患者さんの立場、また患者さんの医療知識のレベルを理解していないか痛感しました。
昨今は、インフォームド・コンセントの大切さが強調されているので、医者は説明しているのでしょうが、患者さんは十分に理解、納得されていないのが実状です。また、医者は患者数が多く、ひとり人の患者さんに割ける時間が十分にないと言いますが、それは説明不十分の理由にはなりません。そこからまた患者さんの悩みが派生すると考えられるので、医者は説明に掛ける時間、説明方法を検討する必要があるでしょう。

医者に苦痛を理解してもらえないという悩み

2番目に、精神的な面も含めて医者が がん の患者さんの苦痛を理解していないために生じる悩みがあります。以前は がん の告知をするか否かが問題となっていましが、最近では がん の告知は当然であるばかりではなく、進行度と過去のデータによる生存率まで患者さんに告げる傾向にあります。
がん を宣言されるだけでも動揺が走るのに、さらに追い討ちをかけるように余命期間を告げる必要があるのか甚だ疑問です。患者さんがこれからがんと闘おうとしているときに、その決意に水を差すような医者の言葉は許し難く思います。ただし、手術不可能と判明し、あるいは手術後に放射線療法や化学療法が必要となったときは、病状とそれに対する治療について詳しく説明する必要があります。また治療の有効性や副作用についても説明しなければなりません。しかし、その場合でも余命を告げる必要はないし、医者にそのような権限はないと考えます。
患者さんにとって重要なのは、現在の病状を把握し、これからどのようにがんと闘っていくかであって、デッドラインの日を定めそれに合わせて生きていくことではないのです。そして医者の役目は懸命にがんと闘っている患者さんを励まし支えることです。

どのような治療を選択したらよいかという悩み

3番目は がん の治療法についての悩みです。がん の治療には手術療法、放射線療法、化学療法の3大療法がありますが、患者さんにはそれらの特徴、役割、長所、短所などがあまり理解されていません。
そもそも がん を完治するとは体内からがん細胞をすべて消失させることであり、それを期待するならば現在のところ手術しかありません。従ってがん治療の第1の選択は手術で、手術によりがんを限りなくゼロにするのが基本です。早期に発見できれば手術によって完治は可能ですが、発見が遅く、進行していると手術をしてもがん細胞は完全に摘出することができません。手術によって完全に摘出することができない場合は、残存するがん細胞に対してほかの治療法を行うこととなります。それが放射線療法と化学療法です。
どちらを選択するかはがんの種類や進行の状態によりますが、いずれもがんを完全に消失させることは難しいでしょう。これらの治療の目的はがんをできるだけ縮小させるか、あるいは増大させないようにして延命を図ることです。
しかし、多くの患者さんは放射線や抗がん剤によって完治することが可能と期待しています。このような患者さんの誤解や錯覚が医者との間に生じる溝の原因ともなります。特に化学療法は抗がん剤による副作用が必ずと言っていいほど付きまとうので、病状の改善よりも副作用が強く現れてきて、医者に対して不信感をい抱く場合もあります。このような状況では、それまで以上に患者さんの精神状態を考慮しながら十分納得できるような説明をしなければなりません。
またご家族が化学療法の有効性について過剰な期待をしているためにトラブルが起きることもありますので、ご家族にも十分な説明が必要です。当センターを訪れる患者さんやご家族の相談を聞いてみるとこれらの説明が十分に行われているとは思えませんでした。
現在のところがんの完治には、手術が唯一最良の治療法であり、ほかの治療法は延命のためのものであることをまず医者が正しく認識し、こらから行おうとしている治療の目的とその有効性について説明する必要があります。
また逆に治療によって延命が保証できない場合は、がんの治療を一切行わないと決断することも、患者さんのQOLを大切にすることになり、ひいては患者さんの幸せにつながるということを認識しなければなりません。
がん相談を受けるなかでいちばん配慮するのは、再発がんの治療についてです。当センターでは、患者さんやご家族にできるだけ時間をかけて説明し、納得してもらうよう努力しています。

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